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新潟地方裁判所 平成5年(ワ)422号 判決

原告

髙橋新三(X)

右訴訟代理人弁護士

中村洋二郎

近藤明彦

被告

新潟県(Y)

右代表者知事

平山征夫

右訴訟代理人弁護士

伴昭彦

右指定代理人

岡本陽一

大塚洋一

中野和行

宮坂公男

伊藤孝

小山武男

野本清

中島芳文

井口吉明

被告

高橋彌

熊木茂

右両名訴訟代理人弁護士

齋藤稔

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、連帯して、一〇四一万八九七〇円及びこれに対する平成五年八月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  この判決は、仮に執行することができる。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、塩沢西山地区県営ほ場整備事業(以下、「本件土地改良事業」という。)の対象となった新潟県南魚沼郡塩沢町大字樺野沢字馬場山六四四番一、同番三、同番六、同六六〇番一、同六六一番(以下、これらを併せて「原告従前地」という。)の所有者である。

(二) 被告新潟県は、本件土地改良事業を営む者である。

(三) 被告高橋彌は、塩沢町土地改良区の理事長として、本件土地改良事業の申請の中心となり、その後も樺野沢工区委員として、被告新潟県と原告ら地元農民との間の連絡調整的な役割を果たし、本件土地改良事業の中心にあったものである。

(四) 被告熊木茂は、樺野沢工区委員長として、本件土地改良事業に伴う工事に関し、被告新潟県と原告ら地元農民との間の連絡調整的な役割を果たし、その中心にあったものである。

2  本件土地改良事業及びこれに対する原告の対応

(一) 本件土地改良事業は、昭和五八年三月一日、被告高橋らによって土地改良法(以下、単に「法」という。)八五条一項の申請がなされ、同年七月二三日、新潟県知事によって事業計画が確定され、被告新潟県の運営により施行されたものである。

(二) ところで、都道府県が行う土地改良事業の申請には、当該事業の施行にかかる地域内にある土地の所有者の三分の二以上の同意を得た書面(以下、「同意署名簿」という。)を申請書に添付して、都道府県知事に提出しなければならないとされている(法八五条二項、六項、三条)ところ、本件土地改良事業の申請には、以下のとおり、原告ら七名の署名を偽造した同意署名簿が提出された。

昭和五六年、本件土地改良事業の対象となる土地の所有者を対象として、新潟県の農地事務所長による説明会が開催されたが、原告は、原告従前地のうち新潟県南魚沼郡塩沢町大字樺野沢字馬場山六四四番一、同番三、同番六の土地(以下、「山の上の土地」という。)は、既に舗装された農道に接し、水路もあったことから、多額の賦課金を支払って現状を変更してもらう必要はないと考え、右説明会において、本件土地改良事業に参加しない意思を明らかにし、その後の説明会には出席しなかった。原告は、昭和五七年ころ、本件土地改良事業の推進者の一人である笛木忠から、右事業の同意署名簿への署名押印を求められたが、同意をしなければ、事業が決定されたり、強制的に工事がなされることもないと考え、右署名押印を断った。ところが、被告高橋は、樺野沢地域の同意署名簿に原告ら七名の署名押印を偽造し、本件土地改良事業申請の際に、右偽造した同意署名簿を提出した。

(三) 昭和六一年ころから、被告新潟県により、本件土地改良事業計画に基づく工事が開始された。

原告は、昭和六二年七月ころから、たびたび被告熊木らから、本件土地改良事業に参加して、原告所有地についても工事をやらせてほしいと求められていたが、これに応じず、本件土地改良事業に参加しないとの意思表示をし続けた。同年七月三〇日、原告は、被告熊木らから、原告所有の塩沢町大字樺野沢字馬場山六六〇番一及び同六六一番の土地(以下「山の下の土地」という。)についてだけでも本件土地改良事業に参加してほしいと頼まれたが、山の下の土地について同意をすれば、山の上の土地についても同意したとみなされるのではないかと考え、これを断った。同年八月三〇日、原告は、被告熊木らの訪問を受け、「山の下の土地と同面積の土地を山の上の土地に寄せ付けることにしたい。」と言われたため、「山の上の土地について、工事の区域外としてくれるならば検討してみてもよい。」と答えた。

同年一〇月九日、原告は、被告熊木及び笛木から、〈1〉原告の所有する土地をすべて売却する、〈2〉原告の所有する土地をすべて三〇年間無償で貸与する、〈3〉無条件で本件土地改良事業に参加するのいずれかを選択してほしいと頼まれたが、いずれにも承諾できないとして断った。同月一九日、原告は、被告熊木らから、山の下の土地と同じ面積の土地を山の上の土地にどのように寄せ付けたらいいか、その寄せ付け方を検討するために、現地での立会いをしたいと求められた。同月二一日、原告が、被告熊木らとの現地での立会いに赴いたところ、被告熊木から、「山の上の土地についても設計とおりに工事をさせてくれ。」と言われたが、原告はこれを断った。

3  原告従前地に対する工事の違法性

(一) 被告新潟県は、昭和六二年一〇月二二日、原告の同意を得ず、かつ、一時利用地の指定がないまま、原告従前地について工事(以下、「本件工事」という。)を施行した。

(二) 被告新潟県が、土地所有者である原告の同意を得ず、かつ、一時利用地の指定もないまま、本件工事を行ったことは、以下の理由から、違法である。〔中略〕

理由

一  前提事実

当事者間に争いがない事実に原告本人及び被告熊木各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、請求原因1、2及び3(一)の事実を認めることができる。

なお、本件土地改良事業の申請に際し、原告ら七名の署名を偽造した同意署名簿が提出されているが、被告熊木本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、右偽造に係る原告ら七名の署名を除いても、所有者らの三分の二以上の同意を得た同意署名簿が提出されているものと認められるので、この点を理由に本件土地改良事業の施行が違法となることはない。

二  そこで、請求原因3(二)について検討する。

(一)  土地改良事業開始手続と土地改良事業計画に基づく工事の施行

(1)  法は、都道府県の行う土地改良事業開始手続(以下、「事業開始手続」という。)について、次のとおり規定している。

〈1〉 土地改良事業の申請は、法三条に規定する資格を有する者(以下、「三条資格者」という。)が都道府県知事に対して行うものとされている(法八五条一項)が、右申請を行うとする者は、あらかじめ土地改良事業計画の概要等を公告して、三条資格者の三分の二以上の同意を得た上で申請しなければならない(法八五条二項)。

〈2〉 都道府県知事は、右申請の適否を決定し(法八六条一項)、適当とする旨の決定をしたときは土地改良事業計画を定め(法八七条一項)、これを公告し、二〇日以上の相当の期間を定めて当該土地改良事業計画書の写を縦覧に供しなければならない(法八七条五項)。

〈3〉 利害関係人は、右縦覧期間満了後一五日以内であれば、異議の申し立てをすることができ(法八七条六項)、右異議の申立てを受けた都道府県知事は、技術者の意見をきいた上で、右縦覧期間満了後六〇日以内にこれに対する決定をしなければならない(法八七条七項)。

〈4〉 右異議の申立てがないとき、または異議申立があった場合においてそのすべてについて決定があったときでなければ、当該土地改良事業計画による工事に着手してはならない(法八七条八項)。

(2)  法は、その目的及び原則について、農用地の改良、開発、保全及び集団化に関する事業を適正かつ円滑に実施するための必要事項を定めて、農業生産の基盤の整備及び開発を図り、もって農業の生産性の向上、農業総生産の増大、農業生産の選択的拡大及び農業構造の改善に資することを目的とし(法一条一項)、土地改良事業の施行にあたっては、その事業は、国土資源の総合的な開発及び保全に資するとともに国民経済の発展に適合するものでなければならない(法一条二項)と定めている。他方、土地改良事業は、法の右目的及び原則から明らかなように、その性質上、一定の地域全体に対して事業を施行しなければ、その成果を期待し得ないものであるから、当該事業計画に同意していない者(以下、「不同意者」という。)の土地についても、当該事業計画に基づく工事を施行することができなければならない。

そこで、事業開始手続は、法の目的及び原則並びに利害関係人の利益の双方に配慮したものでなければならないところ、法も、次のとおり、以上のことを前提に、前記(1)の事業開始手続を定めていると言うことができる。すなわち、第一に、前記(1)〈1〉の手続は、三条資格者三分の二の同意がなければ、土地改良事業の申請を行うことができないとすることによって、事業の申請について三条資格者の意思に配慮するとともに、三分の二の同意があれば事業の申請をできることとして、一部の三条資格者の反対によって事業の施行を不可能にさせないよう配慮していると言うことができる。次に、前記(1)〈2〉及び〈3〉の手続は、都道府県知事による申請のなされた土地改良事業計画が、法の目的及び原則に適合するかについての審査及びこれに対する異議申立ての機会を利害関係人に付与することによって、当該土地改良事業計画が、法の目的及び原則に適合するものとなるよう配慮していると言うことができる。

以上のとおりであるから、法の定める事業開始手続は、極めて合理的なものであると言うことができ、法八七条八項の規定によって事業開始手続が確定した場合には、不同意者の土地も含めて当該土地改良事業の工事を施行することができると解しても、不同意者の利益を不当に侵害することはないと言うべきである。

(二)  法一二三条の二と工事不同意者の土地に対する工事施行の関係

法一二三条の二は、一時利用地の指定又は不換地の申出若しくは同意に係る従前の土地又は不換地の事前の指定に伴い仮清算金が支払われた土地に対する使用及び収益の停止の処分(以下、「一時利用地の指定」という。)があった場合には、これらの処分により使用及び収益することができる者のなくなった従前の土地又はその部分については、土地改良事業を行う者は、その土地の所有者及び占有者の同意を得ることなく、当該土地改良事業の工事を行うことができる旨規定している。この法条は、一見すると、不同意者の土地に対しては、一時利用地の指定または従前の土地の使用及び収益の停止の処分をしなければ、土地改良事業の工事を施行することができないことを定めているものと読むことができる。原告も、この法条を根拠に、工事不同意者の土地に対しては、右処分をしなければ、土地改良事業の工事を施行することはできないと主張している。そこで、以下、この点について検討する。

(1)  一時利用地指定の意義

法は、換地処分を行う前において、〈1〉土地改良事業の工事のため必要がある場合または、〈2〉土地改良事業に係る換地計画に基づき換地処分を行うにつき必要がある場合に、一時利用地の指定をすることができる旨規定している(法八九条六項)。そして、〈1〉は土地改良事業計画に定められた工事を施行するために、その実施中においても耕作などを継続する必要がある場合を言い、〈2〉は工事が事業施工地域の全域で終了したにもかかわらず換地処分を行う事情にないときに、事業主体のコントロールの下に耕作等の対象土地を定め、将来の換地計画とそれに基づく換地処分の実施に備える必要がある場合を言うものと解される。したがって、一時利用地の指定は、事業施工地域内の農家の営農の継続を確保するために行われることを本旨とするものであって、工事不同意者の土地に対する使用収益権を奪い、右土地に対する工事を行うための手段として用いることを本旨とするものではないと解される。

以上の一時利用地の意義に照らすと、法が一時利用地の指定を右手段として用いることを許容していることは、法一二三条の二の規定から明らかであるものの、それはあくまでも不同意者の土地に対する工事を円滑に行うために、一時利用地指定の制度を利用することができることを意味するだけであり、それ以上に不同意者の土地に対する工事を行うためには、必ず一時利用地の指定をすることまで法が要求していると解する必要はないと言うべきである。

(2)  不同意者の土地に対して工事を行う場合に、一時利用地の指定等を要求することの不合理性

一時利用地は、事業施行地域内の土地に指定することとされている(法八九条の六第二項)ので、不同意者の土地に対して工事を行う場合に一時利用地の指定等を要求すると、土地改良事業の工事に最初に着手する地域に不同意者の土地が含まれている場合には、事業施行地域内に耕作されていない土地があるか、又は現に耕作している農家が自主的に耕作を止めてくれるかのどちらかの条件を満たさないと、工事不同意者のために一時利用地を指定することができず、当該工事を行うことが不可能になってしまう。そして、土地改良事業において、どの地域から工事を施行するかは、地形や用排水系統等を考慮して決めるものであるから、工事の施行順序は自由に変更できるものではなく、不同意者の土地を含む地域に対する工事を最初に行うことを避けることができない場合が生じることは否定できない。

以上によると、不同意者の土地に対して工事を行う場合に一時利用地の指定等を要求すると、不同意者のために一時利用地として指定する土地がなく、右工事の施行自体が不可能になる場合が生じることになるが、これは、土地改良事業が不同意者の土地についても工事を行うことができなければ、その成果を期待し得ないことに照らし、著しく不合理な結果であると言わざるを得ない。

(3)  法一二三条の二の条文の位置

工事は、土地改良事業の実質的内容をなすものであるから、不同意者の土地に対して工事を行う場合の要件として、一時利用地の指定等が必要であるとすれば、それは、法第二章「土地改良事業」の中に規定されなければならない事項であると言うべきである。しかるに、法一二三条の二は、法第五章「補則」の中に窺定されている。したがって、法一二三条の二の法体系上の位置付けという観点から検討すると、法一二三条の二は、不同意者の土地に対して工事を行う場合の要件として規定されたものではないと解するのが合理的である。

(4)  不同意者の利益保護

事業開始手続においては、前記(一)で判示したとおり、不同意者の利益についても十分な配慮がなされている。したがって、不同意者の利益保護という観点から、事業開始手続確定後に一時利用地の指定等を工事着手のための要件として要求する必要はないと考えられる。

(5)  法一二三条の二の立法経過及び立法趣旨

〔証拠略〕によると、法一二三条の二は、昭和三九年の、改正によって追加された規定であるところ、右法条は、昭和三五年頃、埼玉県で土地改良工事の施行に関し警察力の行使が問題となる事案が発生し、警察庁の担当者から土地区画整理法八〇条に相当する規定がないので警察力の行使は困難であるといわれたことがきっかけになって立法されたものであると認められる。また、〔証拠略〕によれば、農林事務次官から各地方農政局長及び各都道府県知事宛の「土地改良法の一部を改正する法律の施行について」と題する通達(昭和四〇年三月二二日四〇農地B第八五〇号)では、法一二三条の二の立法趣旨について、「区画整理等の工事を行う場合において、すでに一時利用地の指定が行われ、従前の土地についてこの使用及び収益が停止されているときは、その従前の土地の所有者または占有者の権利侵害となるおそれはないので、土地区画整理法八〇条の規定と同趣旨の規定を新設し、従前の土地の所有者及び占有者の同意を得ることなく工事を行うことができることを明らかにした。」との説明がなされていることが認められる。

原告は、右立法経過及び右通達から、法一二三条の二が不同意者の土地に対する工事をするための要件を規定したものであることは明らかであると主張する。しかしながら、右通達は、不同意者の土地に対する工事をするには必ず一時利用地の指定等をしなければならないとまでは言っておらず、右通達から法一二三条の二立法趣旨が不同意者の土地に対する工事をするための要件を規定したものであるとするのは相当でない。のみならず、右立法経過や法一二三条の条文の位置を考慮するならば、法一二三条の二の立法趣旨は不同意者が自己の土地に対する工事に激しく抵抗している場合に、警察の助力を得ることによって当該工事の施行を確保することにあると解することもできるのである。いずれにせよ、法一二三条の二の立法経過及び立法趣旨から、法一二三条の二が不同意者の土地に対する工事をするための要件を規定したものであると解することはできない。

(6)  結論

以上の(1)ないし(5)によれば、法一二三条の二は、工事不同意者の土地に対する工事を円滑に実施するための手段として、一時利用地の指定等をすることができることを明らかにしたにとどまり、それ以上に不同意者の土地に対する工事をするための要件を規定しているものではないと解すべきである。

(三)  結論

法一二三条の二が、前記(二)判示のとおり、不同意者の土地に対する工事を行うための要件でないということになると、法には、前記(一)記載の事業開始手続のほかに、不同意者の土地に対する工事を行うための要件を規定する条文は存在しないことになる。そして、事業開始手続が確定すれば、不同意者の土地も含めて工事を行うことができると解しても、不同意者の利益を不当に害することがないのは前記(一)判示のとおりである。以上によると、事業開始手続が確定すれば不同意者の土地を含めて工事をすることができると解すべきであり、不同意者のために一時利用地の確定等をしないで工事をすることは違法ではないと言うべきである。

三  結論

以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用について民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 仙波英躬 裁判官 飯塚圭一 飯淵健司)

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